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* category: 展覧会

『ファッションとアート 麗しき東西交流』@横浜美術館 内覧会に行ってきました 

2017.04.27
Thu
15:18

 横浜美術館で6月25日まで開催中の『ファッションとアート 麗しき東西交流』展(公式サイトはこちら)で開催されたミニ内覧会に参加してきました。夕刻に集合、別室ですこし展覧会の意図やこぼれ話をうかがってから、イヤホンガイドを手に(耳に?)担当学芸員さんについて展示室をまずまわります。そして閉館後には部屋ごとに区切って自由鑑賞および撮影(一部NGあり)タイムに。
 関係者のみなさま、すばらしい機会を与えてくださりありがとうございました!

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*展覧会カタログ。
 チラシよりも英語タイトルがわかりやすいので選んでみました。
 The Elegant Other: Cross-cultural Encounters in Fashion and Art"
 原題の「麗しき」は英訳にはないのですが、代わりに"The Elegant Other"(「優雅なる他者」とでもいうのでしょうか)という文言が。横浜をゲートとし、〔外〕から入ってきたもの。そして〔外〕へと出ていったもの。こちら(日本)にもあちら(欧米)にも、海を隔てた相手へのあこがれ、麗しいなあ……真似たい、あんなふうになりたい、というまなざしがあった。ということを示唆しているのだと思います。

 チラシ、カタログの表紙、美術館の外に置かれた看板エトセトラに使われるこの図版は、
・ターナー〔イギリス〕デイ・ドレス/1872年頃/京都服飾文化研究所(以下KCI)蔵
です。 形はまごうことなきドレスですが、布の意匠や刺繍は和風ですよね。それもそのはず、このドレスは綸子の小袖をほどいてバッスルスタイルにしたものだそうです。
 西洋→日本という流れだけでなく、日本→西洋。そして、その両方があってこそ生れたドレスがキービジュアルになっているのも納得です。もちろん、このドレス自体のすばらしさ美しさがあってことだけれど。

 いただいたプレスリリースも参考にしつつ、個人的〔みどころ〕をあげると。
・ドレス美しい! 細部まで見るのが楽しい。

・横浜で生れ、海外へ出て行った工芸品も一緒に展示されていたりする。初代宮川香山の花瓶やカップ&ソーサー、芝山細工の屏風や飾棚(開港記念資料館で昨年開催された芝山漆器の展覧会紹介はこちら)……。
 特に、椎野正兵衛商店(S.SHOBEY)のドレッシングガウンが嬉しかった。2002年に四代目が再興したお店のものではありますが、わたしも何枚かスカーフ(&ちいさなバッグ)を持っているからです。→ ウェブサイトはこちらです。

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・手前のケースに初代香山のカップ&ソーサー、衝立は芝山細工、手前と奥の女性用ドレスは椎野正兵衛商店の輸出用室内着(ギャラリートークでうかがった話ですが、現在の所有者のKCIが海外で購入し調べていたら、SHOBEYのタグが出てきてわかったとのことです)。
 このように、ドレスだけを展示するのではなく、「人がその事大空間に立ち現れているようにしたい」(ギャラリートークより)との狙いを具現化した展示も何場面かありました。

・絵画や版画などから、どのように「あちら」のものが受容されていったかうかがえる。
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*左:月岡(大蘇)芳年 <<風俗三十二相 遊歩がしたさう 明治年間 細君之風俗>> 1888年 KCI蔵
 右:月岡(大蘇)芳年 <<見立多似尽 洋行がしたい>> 1878年 KCI蔵
 右は全体で見ると着物姿なんだけど、その下にシャツ着てたり、模様がチェックだったり。楽しい。
 これを見て朔太郎の「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し/せめては新しき背広をきて/きままなる旅にいでてみん」を思い出しました。『純情小曲集』に入っている「旅上」の冒頭ね。1925年刊なのでだいぶあとのものではありますが……。

 では、ここからは写真+紹介(とコメント)で。
*このブログ記事に掲載した写真は、展覧会紹介記事に掲載するため特別の許可をえて撮影したものです。


・第1章 東西文化の交差点 YOKOHAMA
 上で紹介したS.SHOBEYのドレスなどもこの章です。
 
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 日本製 輸出用ティー・ガウン〔リバティ商会取り扱い(推定)〕 1895年頃 KCI
 ラファエル前派の絵画を思わせる中世風のハンギング・スリーブのドレス。でも刺繍は菊。ピンクの色合いがきれいでした。

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 左:日本製 輸出用イヴニング・コート 1903年頃 KCI
 右:飯田高島屋 輸出用イヴニング・コート KCI
 白(っぽい)地に白っぽい糸で刺繍ってぜいたくなおしゃれ。
 このどちらか(ぜひ現物を見てね!)に浜千鳥の意匠が用いられているのですが、デザイン化されてるし、西洋のひとは鳥だってわかったのかな? と考えながら見るのも楽しい、という内容の学芸員さんコメント。 


・第2章 日本 洋装の受容と広がり
*上で紹介した版画はこちらのセクションから。
 
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 五姓田義松<<細川護成像>> 1887年 横浜美術館
 油絵+洋装の日本人を描いた一枚。渡欧時の肖像をあちらに留学していた画家に描かせたもの。

 このセクションに展示されていた鏑木清方の絵が美しかったし興味深いのですが、写真NGでした。
 外国の楽器でヴァイオリンがよく手にされているのは、持ち運びのたやすさももちろんあるだろうなあ。
 と、ついでに、〔朔太郎は日本で最初にマンドリンを演奏したひとのひとりであった〕というトリビアを思い出しました(またもや時代がぐっと下がるわけですが)。

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 薔薇柄の着物とか帯とか。着物姿でも、帯にちょっと工夫するぐらいなら「許される」という感覚があったそうです。そこから徐々に大物(着物そのものとか)になっていくのね。
 右のぱっきりしたデザインの葵桐花文様の道行コート(KCI蔵。昭和初期)では、与謝野晶子の『みだれ髪』装丁を思い出したよ。1901年出版。

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 髪飾りや指輪などの装身具も、横浜美術館では初めて展示するそうです。
 ハイジュエリーは現存するものが少ないそうです。戦争で金属を供出した時代を経ているし。

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 そして圧巻の、
 日本製 昭憲皇太后着用大礼服(マントー・ド・クール) 1910年頃 共立女子大学博物館蔵
 トレーンの長さは3m30cmで、成人男性五人が持ったそうです。
 ベルベットのマント、ブロケードのドレス、菊の模様。菊は明治になって、皇室だけのものとなっていったそうです。

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 別の角度から撮ってみました。
 絵画は
 グイード・モリナーリ<<正憲皇太后肖像>> 1897年 東京都庭園美術館
です。お隣には同じくモリナーリの手による<<明治天皇肖像>>。 
 
 横浜美術館、この展示室は一回廊下的スペースに出てからまた入る位置にあり、角度も工夫してある正方形で、「キメ」に使うときあるよね。篠山紀信の『写真力』では百恵ちゃんの写真がこの部屋にあったことを思い出しました。

第3章 西洋 ジャポニズムの流行

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 キービジュアルのドレスも登場。
 この展示室、面白いです。入って右手には日本製テキスタイルのドレスが並び、

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 手前:ドゥーセ(フランス) デイ・ドレス 1890年頃 KCI蔵
 奥: ドゥーセ(フランス) デイ・ドレス 1893年頃 KCI蔵

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 左手には西洋製だけれどテキスタイルやデザインに日本文様が取り入れられているドレスが並びます。

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 フランス製 ヴィジット(コート) 1890年頃 KCI蔵
さまざまな日本的「モチーフが絹糸で織り出された別布をコード刺繍でアップリケ」(カタログp.99より)。
 わかりやすい部分を大きめに写してみたつもりですが、わかりますか?

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 アメリカ製シャトレーヌ(腰飾り)いろいろ。
 1880-90年頃 三菱一号館美術館蔵

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 アシンメトリー(左右非対称)は「西洋には見られなかったもので、日本の美術・工芸品、あるいはきものから影響を受けたと思われる」(カタログp.100)
 ドゥーセ(フランス) デイ・ドレス 1897年頃 KCI蔵 

 きものの形は西欧(まずはパリ)のモードにも大きな影響を与えました。カタログから引用。

 20世紀初め、コルセットからの解放を願っていたパリ・ファッションは、きもののゆとりに目を向けた。女性を苦しめたコルセットはポール・ポワレによって流行遅れとされ、デザイナーたちはゆったりとした打掛を思わせるきもの風コートや、きもの風打合せ、帯風ベルトなど、きものに影響を受けたシルエットを発表した。抜き衣紋、裾を引いた着こなし、まゆ型(コクーン・シェイプ)など、こうしたスタイルは浮世絵に描かれたきもののイメージそのものだった。ファッション雑誌では女性たちが、コートを抜き衣紋で着こなし、お引きずりのように長い裾を引いている。振り返るポーズは、見返り美人さながらだった。
(カタログp.106)

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18見返り美人

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 エイミー・リンカー(フランス) イヴニング・コート 1913年頃 KCI

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ジュール=ジョセフ・ルフェーヴル(フランス) <<ジャポネーズ(扇のことば)>> 1882年 クライスラー美術館蔵

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チャールズ・ウェブスター・ホーソーン(アメリカ) <<キモノを着て坐る女性>> 1923年頃 クライスラー美術館蔵

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 ここで突然?
 内覧会で話題沸騰だったトラキチてきコート。まるで羽織。虎ズちゃんとシンメトリーなのだよ(で、『クライングフリーマン』という古いマンガを思い出しました)。
 バンゴン夫人(フランス) コート 1924年頃 KCI蔵
 虎の柄をバティック染めしてるそうです。
 
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 左:シャネル(フランス) イヴニング・コート 1927年頃 KCI蔵
「黒と緑のグラデーションの絹クレープに、金糸で菊文様を織り出している」とのこと(カタログp.124)。 
とても繊細。この質感、ぜひ実物を見てほしい。

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 右:モリヌー(フランス) イヴニング・ドレス 1926年頃 KCI蔵
 菊文様の織り出し。図案化した菊も美しいしリズミカルだし、なにしろこの織りに触れてみたい。

 最後の陳列のテーマは「平面の発想」です。カタログから引用します。
 
 第一次世界大戦後、服には活動性や機能性が最重視されるようになり、現代の服へと大きく変貌を遂げた。ヴィオネは、きものから触発された新しいデザイン概念を結実させた。直線的、平面的なデザインを提案し、1920年代、ウェストを締めつけない長方形の筒型シルエットとなってファッションを牽引した。
 また、これら平面的な服の素材として使用されたのが、アール・デコ期の装飾美術界で注目されていた漆や蒔絵のデザインと質感を思わせるテキスタイルや日本的な柄だったことも、この時代の服と日本との繋がりを幾重にも湿している。

(カタログp.132) 

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 右(上掲の記述に該当):マドレーヌ・ヴィオネ ウェディング・ドレス 1922年 KCI
 左:キャロ姉妹店(フランス):イヴニング・ドレス 1922年冬 KCI

 と、この展覧会を見て記事書いているうちに、むくむくと「新しい服がほしい」という気持ちになってきました。それも、布から選んだり……危険な衝動です! 今年は旅行の年だから誘惑に負けないようにしなければ。


[基本情報]
会   期:2017年4月15日(土)~6月25日(日)
会   場:横浜美術館
開館時間:10時~18時 (入館は17時30分まで)
      ※夜間開館:5月17日(水)は20時30分まで(入館は20時まで)
休 館 日:木曜日 (※ただし5月4日[木・祝]は開館)、5月8日(月)
主   催:横浜美術館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
       公益財団法人京都服飾文化研究財団
       日本経済新聞社
後   援: 横浜市
特別協力: 株式会社ワコール、三菱一号館美術館
協   力: 日本宝飾クラフト学院、公益社団法人服飾文化研究会、みなとみらい線、横浜ケーブルビジョン、FMヨコハマ、首都高速道路株式会社
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* category: 旅行

ヴェネツィアで食べました・1 

2017.04.16
Sun
20:15

 4月6日(木)~12日(水)、5泊7日でヴェネツィアに行ってきました。あちらには大学生のとき・10年位前に次いで三度目。一人旅で、お目当てはペギー・グッゲンハイムコレクション再訪など美術館・建物巡りでした。なのでどうしてもごはん関係はおろそかになるんだけど、おかげで記事にはしやすい……かな?

 ごはんを選ぶうえで大いに参考になったし、ヴェネツィアのガイドブックとしても楽しかったのが地球の歩き方のGEM STONEシリーズの一冊、
 篠利幸『ヴェネツィア カフェ&バーカロでめぐる、14の迷宮路地散歩 増補改訂版』でした。手に入れたのは2015年6月づけの改訂第2版第2刷、 内容は2013年5月づけで見直されています。

・4月7日(木) 

1)ホテルで朝ごはん(毎日同じ感じなので、今回のみ紹介)
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 家族経営っぽい小さなホテルで、朝ごはんのサービスのみあります。専用の「朝食colazioneルーム」があり、7時15分~9時30分だったかな?
 チーズとハム、全粒粉と白の食パン、ヨーグルト、シリアル三種、ジャムやバター、そしてリンゴが盛られた皿が置かれ、自分でサーブするシステム。飲み物はオレンジジュースとミルクがありました(三日目かな? 水のペットボトルもあった)。
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 チーズはこういう6Pチーズもありました。ちょっと萌えキャラ?

 そして「おお」と思ったのは、上記にくわえて必ずケーキが五~六種あったこと。
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 一日目はこんな感じ。パウンドケーキがさらに追加される日がありました。

 コーヒーまたは紅茶はホテルのスタッフが聞いていれてくれます。旦那さん(推定)と奥さん(推定)のいれてくれる量がぜんぜん違ったのはおもしろかった。

2)ドージェ宮のカフェで〔ヴェネツィアの典型的お菓子〕(がいいと言って出してもらったビスケット"Tris di biscotti" 2.90ユーロ )とカフェラッテ(4.40ユーロ)
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 カウンターで注文しテイクアウトするもよし、テーブルについて注文するもよし(値段は違うはず)。わたしはシークレットツアー前で時間的制約があったので、「テーブルに座るね」と明言してカウンターで支払い・受け取りました。

3)ペギー・グッゲンハイム・コレクションでまずは休憩
 シークレットツアー→迷いながら歩いて、美術館に到着したのは2時すぎ。おなかが空いたのでとにかくカフェに。晴天だったのでテラス席にしました。美術館ウェブサイトの記述によると、ヴェネツィアの老舗レストランAi Gondolieriが運営しているとのこと。ちゃんとしたごはんにも惹かれたんだけど、このあと5時からゴンドラツアーがサンマルコ広場すぐ(つまり対岸)であったので軽食にしました。

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 トマトのブルスケッタ(たしか10ユーロ=1200円弱)
 あったかかったしオリーブが効いててよかったな……!

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 飲み物はチェドラータcedrataにしました。歩いて暑かったのでなにか冷たいのがいいなと思い、わからないのを聞いてみて注文。返事は「ハーブを使った……」って感じだったかな? 調べてみたら、柑橘系のフルーツ[チェドロ]をちょっと使った清涼飲料水とのこと。好きだったから他のところでも注文してみたけど、ことごとく空振りでした(笑)。

 そういえば季節的な問題もあってか今回ぜんぜん日本人(と確定できるひとたち)と会わなかったのですが、ここのテラスにはマダムっぽい三人組がいらしたわ。

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 ちょっとおしゃれな請求書入れだったので撮ってみました。イタリアでのチップ事情もよく調べずに来たので、とりあえず14ユーロのところ15ユーロ出してお釣りを置いてきました。

4)御飯はサンドイッチを持ち帰り
 明るいうちに帰りたい(初日だし)、でも夜中にお腹空いたら困るなあ。と、ローマ広場のバールに並んでたサンドイッチからふたつ選びました。
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 ちょっと写真が不出来ですまぬ。
 左がバカラ(baccala、干しタラ。ヴェネツィアあたりの典型的なバカラ・マンテカートかな? 戻したタラにオイルを加えながらかきまぜてパテみたいにするとのこと。他でも出てきたので)2ユーロ、右がプロシュート(ハム)とキノコProsciutto e funghi 1.80ユーロ。
 


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ヴェネツィアに行きました(とりあえず記録)・2 

2017.04.15
Sat
18:06

 ヴェネツィアへの旅記録その2(4月8日~12日)です。

・4月8日(土)
 アカデミア美術館の予約は8時15分、つまりオープンとともに入場予定。バスが着くローマ広場とは同じ側だから歩くのがいいだろうなと思いつつ、朝早すぎて、迷ったらひとに道も聞けないだろうし困る……と、結局またヴァポレットに乗りました。
 見た&観光1)アカデミア美術館。常設と”Il paradiso riconquistato. Trame d’oro e colore nella pittura di Michele Giambono”(再征服された楽園。ミケーレ・ジャンボーノの絵画における金と銅の(trameがわからないー。アカデミア美術館の「英語」「スペイン語」サイトは名ばかりでこういう企画展示はイタリア語でした……)。ベッリーニの特集展示も。
 アカデミアに約3時間いたので疲れた&喉乾いたので、まずはちょっと一杯。
 なんとなくサンタ・マリア・ディ・フラーリ教会を目指しながら迷ったり、お菓子食べてみたり、すこしお土産買ったり。
 見た&観光2)サン・ロッコ大信徒会 Scuola Grande di San Roccoノーマークだったけど、フラーリ教会のすぐ隣で、ティントレットがたくさんあったので入ってみました。
 見た&観光3)サンタ・マリア・ディ・フラーリ教会 Basilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari 初めてヴェネツィアに来た大学三年生のときに「刻まれた」!と思っていたティツィアーノのマリア被昇天絵と再会。
 見た&観光4)カルミニ大信徒会 Scuola Grande dei Carmini サン・ロッコで割引チケットを売ってて知る。すごい! ティエポロ! ノーマークで一番感動したのがここ。
 見た&観光5)疲れた…とりあえず反対側に渡ろう。と思って大運河方向へ向かったら、図らずも〔行けたらいいな〕と思っていたカ・レッツォーニコ(ヴェネツィア18世紀博物館) (Ca'Rezzonico (Museo del Settecento Veneziano))につきあたった! 鑑賞前に運河沿いのカフェで一服。そしてここでもティエポロのおもしろい作品を見ました。
 見た&観光6)予約しておいたバーカロ(酒場)ツアーに参加。6時開始で、3軒のバーカロを巡りそれぞれ一杯&チケッティ(つまみ)ひとつをいただく。楽しかったです!
 解散は8時半。リアルト橋すぐだったので、「人の流れもあるだろうからローマ広場まで歩こう。ヴァポレット混んでるだろうし」と思ったのですが、結局また迷い、最終的に同じとこに戻ってきました……諦めてヴァポレット→バスでホテルに帰りました。
 前の日もかなり歩いたので疲れが蓄積してました。こんなときにお風呂にゆっくりつかれたらいいよねえ……。

・4月9日(日)
 最初の用事は11時~のウォーキングツアー。今度こそまあまあ真面目に地図を見ながら集合場所を目指すことに。

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*大運河にかかる橋は四つ。ローマ広場すぐのこの橋が最新で、サンティアゴ・カラトラヴァ設計。

 見た&観光1)ゲットー。2016年に500周年を迎えた、世界で最初に「ゲットー」という名称を使ったユダヤ人隔離地域とのこと。→日本語での紹介ページ。シナゴーグにも入りたかったけど時間が早かったかな。
 友人に頼まれたエプロン(その場で刺繍を入れてくれる)を買いました。
 集合時間には早いなあとふらふらしていたら、運河に面した小さな広場で棕櫚の日曜日の祭礼が始まり、しばらく立ち止まって見る。

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*しばらく話した信徒の方たち。快くポーズしてくれました。棕櫚の葉が大きくて隠れちゃった方も。

 見た&観光2)ウォーキングツアー。英語。1グループ30人程度でのミステリーツアーで、なんとその前に行ってきたのにすごく近いカンナレージョ地区を歩きました。途中、ジェズイーティ教会(イエズス会の教会Chiesa di Santa Maria Assunta detta I Gesuiti)に希望者は自己負担で入場可能(1ユーロ)。
 見た&観光3)翌日は閉館の美術館にも行きたいので、あらかじめガイドさんに断って、ちょっとおつまみ休憩に入ったところで離脱。→カ・ドーロ(フランケッティ美術館Galleria Georgio Franchetti alla Ca'D'oro )常設およびSERENISSIME TRAME – TAPPETI DALLA COLLEZIONE ZALESKI E DIPINTI DEL RINASCIMENTO ルネサンス絵画におけるタペストリー展
 ゴンドラにほんとにちょこっと乗れればいいから! って場合にも使える、大運河の「渡し」トラゲット(2ユーロ)で対岸に。

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*ゴンドラに乗って見た大運河。

 見た&観光4)カ・ペーザロCa' Pesaroで常設およびWilliam Merritt Chase: a Painter between New York and Venice *鑑賞前にカフェで一服。
 今度こそローマ広場まで歩き、途中で一服のあと、バスに乗ってホテルに帰りました。

・4月10日(月)
 島巡りしたいなーと思ってたんだけど、結局ムラーノ島だけで。一生分ぐらいベネチアングラスを見ました。

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*外海に出るとがらりと波の強さが違う。

 途中でランチ。そしてまた買い物。
 島の教会もひとつだけ見ました。
 おみやげもだいたい買えたんだけど、弟からのミッションだけはどうしてもうまくいかず。←薄手の長い黒靴下、という注文だったのですがこれが売ってないの。困ったと連絡したら「おしゃれな黒ベルト」という注文に。
 また、フラーリ教会(フランシスコ会)と並び立っていたジョヴァンニ&パオロ教会Chiesa dei Santi Giovanni e Paolo(ドミニコ会)は見ておきたいと思ったので、本島に戻ってまた歩き始めました。
 見た&観光2)(1はムラーノ島)サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会Chiesa dei Santi Giovanni e Paolo
 最後にサンマルコ広場に面しているコレール美術館行こうかなと思ってゆるゆる歩き、迷い、そのうち弟のお土産とか、友人へのチョコとか、自分の毛糸とかの店に入り、時間がなくなるし疲れる。 
 前々日のバーカロツアーでお薦めされた店で軽く食べてからホテルに。
 ホテルのまわりをちょっと歩き、近くのバールで水のペットボトルを買って部屋に。簡単に荷造りして寝ました。

・4月11日(火)
 ゆっくり起き、朝食とシャワー、そして最後の荷造りを済ませてチェックアウト。
 前日オンラインチェックインを済ませておいたのであんまり急ぐことなかったのですが、空港で遊んでればいいや……と、飛行機の出発二時間半に欠けるぐらい前にマルコ・ポーロ国際空港へ。タクシーを呼んでもらいました。約20分、37.20ユーロ。

 ここでちょっと「しまったー」だったのが、アエロフロート占有のカウンターがないことでした。手続きしようにも離陸二時間前にならないとカウンターがわからないの。同じスカイチームのエールフランスに誘導をしていたスタッフに聞いてみたのですが、「とにかく待て」とのこと。結局離陸二時間前になってやっとカウンターが示され、「オンラインチェックイン済、印刷まだ」という列に並びました。セキュリティチェックをして中に入ったときにはもうボーディングタイムまで40分ぐらいで、ちょっとあせりました。
 チョコ好きの友人にタブレット、義妹に干したトウガラシを買い、念のためにお菓子とパイナップルのカット、水を買い、出国手続き。
 二度目のモスクワ・シェレメーチエヴォ国際空港、今度はまあまあ余裕を持って歩けました。やっぱり掲示板にわたしの乗る便は表示されなかったけど。調べてもらったら予定通り、ターミナルをまたがって一番奥に当たるところでした。
 ロシアのチョコもいいかなと友人に追加で購入。プーチンの絵がついたお皿とかも売ってて、買わなくてもいいとは思うけどぱちり……は、しませんでした。
 セルフサービスのヨーグルトアイスを買って(ルーヴルまたはカードでしか払えないのでいくらで請求が来るかがみもの)食べながら搭乗を待ちました。すぐ横がずいぶん長いこと空いてたから期待してたんだけど、結局けっこうでっかい兄ちゃんが来たなー。

・4月12日(水)
 成田には予定時刻ちょい前に到着。ルーターを返却、スーツケースを送ってすぐにリムジンバスに乗りました。帰りの空港もバスもすごく空いてた。
 母はヘルパーさんやデイサービス、弟たちのおかげでふつうに過ごせてたようです。猫たちも元気です。
 今度はどこに行こうかな?
 
  
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* category: 旅行

ヴェネツィアに行きました(とりあえず記録)・1 

2017.04.14
Fri
11:38

 4月6日(木)~12日(水)、ヴェネツィアに行ってきました。
 ちょうどそのすぐ前に大岡信さんが亡くなったこともあり、「地名論」の一部を何度も思い出しました。


外国なまりがベニスといえば
しらみの混ったベッドの下で
暗い水が囁くだけだが
おお ヴェネーツィア
故郷を離れた赤毛の娘が
叫べば みよ
広場の石に光が溢れ
風は鳩を受胎する


大岡信「地名論」より

・・・・・・今回は一人旅。ペギー・グッゲンハイムコレクションにまた行きたい! というのが動機だったこともあり、とにかくいろいろ見た。歩いた。ごはんはちょっと、ないがしろ。って感じです。でもバーカロツアーにも行ったよ!
 というわけで、とにかく備忘録。

・6日(木) 移動日
 成田空いてるー! 出国ももちろん空いてました。まあ、仕事で行くなら別だけど、4月のこのあたりに娯楽で旅するひとはなかなかいないよね、社会人・学生は。わたしも次があるとしたら仕事引退してからになるのではと思いつつ出発です。

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 第一ターミナル出発ロビーにある柱的な。この艶、色好きです。なんのかんの言って毎回写真撮っちゃう。

 ヴェネツィアに行きたいなあと思っていたところ、すごく安いツアー見つけた!
・アエロフロート利用
・ホテルはヴェネツィア本島じゃなくて、その郊外のメストレ地区
ではあったのですが、これは! と飛びつきました。
 アエロフロートは今を去ること25年ぐらい前、初めてヨーロッパに個人旅行したときに、やっぱり「安い」という理由で取ってみたんだけどいろいろありその後はちょっと。でも、とにかく安いし、25年経って21世紀にもとっくになってるから試してみよう! と乗っていることにしました。
 *興味を持った方は、いろんな方のツイートまとめ「恐るべしアエロフロート」をごらんになると楽しいかもよ! こちらです。

 モスクワでのトランジット時間が約3時間で長めだったけど、成田→モスクワ10時間ほど、モスクワ→ヴェネツィア3時間ほどで、飛行時間は短いよね。便利(帰りは乗り継ぎ2時間ぐらいでいい感じでした)。
 さしたる問題なくヴェネツィアに到着したのは、予定よりちょっと早めの夜10時すぎ。ヴェネツィアは三度目ですが前は二度ともツアーだしヴェネツィア本島だったので、念のためお迎えタクシーを予約しておきました。メストレ地区にあるホテルまでは15分ちょっとで到着。近いです。
 宿泊先は家族経営的雰囲気のあるちいさな3つ星ホテル。エレベータがなくてスーツケースを自分で部屋(3階)まで運びました。11時になったらもうひとりスタッフ戻ってくるから待ってくれるなら上げるよと言われたのですが、行きは軽いしね。部屋はきちんと整備されてて快適。ただしヨーロッパのホテルによくあることだけどバスタブはなし。
 飛行機でもわりと寝れたんだけど、とにかく現地の時間に合わせることが大事だからじきに寝ました。何度か目が覚めたけど、わりと休めたかな。

・7日(金)
 7時15分~の朝食に合わせて起床、シャワー、身支度など。
 ホテルすぐのバス停からヴェネツィアまではだいたい20分間隔でバスがあり、20分ちょっとかかりました。
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 町のはずれに位置するのかな。ホテルのある場所はふたつの高架の間みたいな位置で、ヴェネツィアからの帰りも一度下りたら迷いませんでした。ただしすぐ近くには新聞スタンドとバールが一軒ずつあるだけで、あとは家が並んでいました。
 

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 それと庭。ヴェネツィア本島にはさすがにこういう圧倒的緑の空間はなく、別世界。

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 メストレはふつうの「町」って感じです。金曜日には通勤通学の様子がバスから見れて、これはこれで楽しかったな。

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 最後に長い橋(バスで5分)を渡り、ヴェネツィアのローマ広場に到着します。

 最初の予定は、10時にドゥカーレ宮殿Palazzo Ducaleでの展覧会『ヒエロニムス・ボスとヴェネツィア』Jheronimus Bosch e Venezia。ネット予約済です。
 歩いても行けるはずだったけど、やっぱり初日はのんびり大運河(カナル・グランデ)を下っていくヴァポレットに乗ろう。
 サン・マルコ広場に早く着いた&すぐそこにツーリストインフォメーションがあったので、追加でゴンドラ、そしてバーカロ巡りツアーを予約しました。

 見た&観光1)『ボスとヴェネツィア』@ドゥカーレ宮殿 10時予約
 カフェで一休みをはさみ、
 見た&観光2)ドゥカーレ宮殿シークレットツアーItinerari Segreti 11時35分~、英語の会予約
迷いつつ歩きがんばって対岸のペギー・グッゲンハイムコレクションに到着、まずカフェで一服してから
 見た&観光3)ペギー・グッゲンハイムコレクション 常設および企画展『リタ・カレン=ラーセン、シュルレアリスム絵画』Rita Kernn-Larsen. Surrealist Paintings 
 見た&観光4)ゴンドラ30分体験。日本からの予約は二人以上でないと駄目だし、個人で雇うとちょっと現実的でないお値段。ツーリストインフォメーションでひとりでも参加できるプランが予約できてよかった。
 初日だから明るいうちに帰ることに。バスをどこで下りるかとか不安だしね。車内に「次は〇〇」的な表示は出ず、すぐ近くにいた女性に聞いたら、「わたしが教えてあげるから」と親切にしていただきました。昼にグッゲンハイムに行く際に道を確かめるため聞いてみた女性も「そこまで一緒に行きましょう」とかなり近くまで連れていってくれたし、みなさん親切でした。前二回は完全にツアーだった(一回目は学生時代で自由時間もけっこうあったけど)ためかあんまり街の人とことばを交わすことがなく、お店のひとなんかとの関わりから「……なんとなく、イタリアはちょっと世知辛い感じ……」って思ってたのですけど、今回それはいい方に訂正されました。よかった。ただし、拙いけどイタリア語で話しかけた(続かないけど)のもあるかもしれません。
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* category: 展覧会

『これぞ暁斎!世界が認めたその画力』展@Bunkamura ザ・ミュージアム ブロガー内覧会に参加しました 

2017.03.26
Sun
16:51

 Bunkamuraザ・ミュージアムで4月16日まで開催中の『これぞ暁斎!世界が認めたその画力』展(公式サイトはこちら)。 美術館と古今東西の美術への深い愛にあふれるブログ「弐代目 青い日記帳」のtakさんがタッグを組んで開催されたブロガー特別内覧会に参加してきました。関係者のみなさま、すばらしい機会を与えてくださりありがとうございました。

 まずはチラシをご紹介。

IMG_5472.jpg
 モチーフになっているのは、<<地獄太夫と一休>>(明治4-22年)*1871-89年 です。画面左のなかほどで激しく踊ってるのが一休さん。その下には空の(皮を張ってない)三味線をつまびく骸骨が配されています。地獄太夫とは、一休が悟りに導いたとされる遊女だとか。

 この展覧会に行く前の暁斎のイメージはまさにこの絵。
 暁斎、わたしはこの二年ぐらいちょっと気になるひとでした。このブログで検索すると、昨年一月、山種美術館での内覧会『ゆかいな若冲、めでたい大観』の記事に、〔暁斎が好きみたい〕と書いています。今回のチラシに使われたものとは別のバージョンですが、上野の森で見た肉筆浮世絵展では一休さんと地獄太夫の絵が気に入ったようです。また、山種美術館で見たこのに通じるのはこの赤かな。というわけで、ギャラリートークつきの内覧会に喜んで参加してきました。

 で、今回学んだ、というか、覚えておこう! と思ったのは、
・暁斎は幕末~明治の時代を生きた人。1831年生れ、1889年没。
・ジョサイア・コンドー(「コンドル」という表記がおなじみ)なども弟子だった、幕末~明治における国際人のひとり。
・浮世絵は国芳のもとで学んだ。←当時8~9歳だったけど!
・国芳は猫、暁斎は蛙や烏。でも猫たくさんあった♪
・狩野派のもとで研鑽を積んだたしかな技量の持ち主。
・ジャンルもテーマもとにかく多彩。幽霊画、春画……中国絵画にしか見えない絵も描く。
・作品のムードもいろいろ。シリアスなものから笑える、風刺も。

 いくら特別に撮影を許可されたといってもオリジナルの筆致に及ぶべくもありません。16日までですからぜひ急いでザ・ミュージアムへ!

 ……と言いつつ、印象に残った&まあまあちゃんと撮れたかな、な絵をすこしご紹介します。

 *このブログ記事に掲載した写真は、展覧会紹介記事に掲載するため特別の許可をえて撮影したものです。
 
IMG_5442.jpg
・左 <<烏瓜に二羽の鴉>> 明治4-22(1871-89)年 ゴールドマンコレクション
・右 <<蔦絡む枯木に鴉>>明治4-22(1871-99)年 ゴールドマンコレクション
 二つ目の展示空間はコを左右反転した形で、ずらっと鴉の絵が並んでいました。その数なんと14枚。1881年に第二回内国勧業博覧会に出品した鴉の絵が事実上の最高賞を獲得した(そしてものすごい値段で売れた)ことから、暁斎には鴉の絵の注文が押し寄せ、それに応えてたくさん描いたそうです。ゴールドマンさんも30枚ほど所有してるとのこと。
 一言で鴉と言ってもポーズはいろいろだし、描き方もいろいろ。その中から赤も入ってる絵の並びをピックアップしてみました。

IMG_5445.jpg
 鍾馗さんの絵を並びで三枚。
・左 <<鍾馗と鬼>> 明治15 (1882)年 ゴールドマンコレクション
・中央 <<鬼を持ち上げる鍾馗>> 明治4-22(1871-89)年 ゴールドマンコレクション
・右 <<鍾馗と鬼>> 明治4-22(1871089)年 ゴールドマンコレクション
 第4章の「戯れる-福と笑いをもたらす守り神」には、この鍾馗さんのほかにも七福神の絵など。鍾馗さんは守り神として端午の節句に飾ることが多く、注文もたくさん受けただろうとのこと。

 さっきの三枚はいわば「まじめ」にお務めを果たしている鍾馗さんですが、直角に位置する隣のケースに並ぶ鍾馗絵では、鬼を崖から吊るしてたり、鬼同士で相撲を取らせたり、鍾馗さんイコール正義の味方とも言えないような絵も。
 その中から一枚。画面構成、鍾馗さんの姿勢、服の表現など、これは! と思った一枚です。

IMG_5466.jpg
・<<鬼を蹴り上げる鍾馗>> 明治4-22(1871-89)年 ゴールドマンコレクション

・猫ポインツも高いのよ! の巻。
 お師匠さんだった国芳ほどじゃない……にしても、猫いろんなところに登場してました。

 最初のセクション、「出会い-ゴールドマン コレクションの始まり」より、
IMG_5450.jpg
・<<鯰の船に乗る猫>> 明治4-12(1871-1879)年 ゴールドマンコレクション
 ひっくり返って船に見立てられた鯰の腹に、しんなりと腹這いになって運ばれていく着物姿の猫。猫は遊女をあらわすこともあるそうです。

IMG_5452.jpg
・<<鯰の引き物を引く猫たち>> 明治4-22(1871-89)年 ゴールドマンコレクション
 この猫たちは直立歩行で、体のバランスもまるで人間。

「第2章 躍動するいのち-動物たちの世界」
 一枚絵としてはこの猫が一番好きでした。
IMG_5456.jpg
・<<眠る猫に蝶>> 明治4-22(1871-89年) ゴールドマンコレクション
 輪郭線を使わず、ほんわりした猫のやわらかい毛を表現。香箱座りしてどんな夢を見てるのかな。 

20170323192326_IMG_0118.jpg
・『暁斎画談』 明治20(1887)年 ゴールドマンコレクション
 の、猫の見開き! 右側はかなりもっさーですね。

 ギャラリートークで、「あなたの一枚を紹介してください」という主旨の呼びかけがあったんですが、地獄太夫と一休さんか、それとも鬼を蹴り上げる鍾馗さんか。

 いや、思いがけない出会いの一枚を!
 あまり大きくない一枚(A4ぐらい? 作品一覧にサイズがない……)なのですが、この
20170323192451_IMG_0124.jpg
・左 <<雨中さぎ>> 制作年不祥 ゴールドマンコレクション
・右上 <<松に猿>> 明治17(1884)年 ゴールドマンコレクション
・右下 <<眠る猫>> 明治18-22(1885-89)年 ゴールドマンコレクション
を見たときに、
「あっ? えっ!?」
となりました(ちょっとぐらい声出てたかも)。

IMG_5443.jpg
 この<<雨中さぎ>>にものすごい見覚えが……。
 いまを去ることxx年前、めでたく定職に着くことが決まり、ささやかですが自分のスペースももらえるとなって、なにか飾ろう、と、いま思えばちょっと不思議なのですが、元町の酒井考古堂さんで版画を見て選んだのがまさにこの絵、だと思う。この雨の表現、黒と白のコントラスト、デザイン化された鷺の姿。
 誰の作かとか気にしてなかったし、記憶の彼方に仕舞ってあったのですが、今回の展覧会で思わぬ再会となりました。
 あれから何枚か絵画や版画を買いましたが(ほんとに「何枚か」ですけど)、絵はがきやポスターから一歩踏み出したものとしては、たぶんこの「雨中さぎ」がわたしの最初の一枚だったんだろうな。

・・・・・・・・・・
<開催概要>
開催期間:2017/2/23(木)-4/16(日)  ※会期中無休
開館時間:10:00-19:00(入館は18:30まで)毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
主催:Bunkamura、フジテレビジョン、東京新聞
協賛・協力等:
[協賛]花王、わかさ生活、チクブパッケージシステム
[後援]ニッポン放送、ブリティッシュ・カウンシル、日仏会館フランス事務所
[協力]日本航空、さとふる
お問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
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