10« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30.»12

* thread: メキシコ  * genre: 旅行

* tag: メキシコ 

* category: メキシコ2009夏

ソチカルコXochicalcoはメキシコで4番目に重要な遺跡(ガイドさん語る) 

2009.12.30
Wed
16:01

 8月のメキシコ旅行3日目。←やっぱり年内には終わらない・・・。

 貸し切りタクシーでまずは銀のコロニアルシティ・タスコTaxcoに向かい、丘の中腹のレストランでのんびり食事&ちょっと町歩きを楽しみました。
 そこからメキシコシティ方面に取って返して、途中にあるソチカルコ(あるいはショチカルコ)Xochicalco遺跡へ。最寄りの観光地はクエルナバカCuernavacaです。
 ここを選んだのは、短い(5日間)の訪問のうち一日はメキシコシティから遠足したい。その場合、コロニアルシティ(スペイン的)と先コロンブス期の遺跡を両方見れるルートがいい。
ということからでした。今回、どこに行こうかと調べ始めるまではまるで知らなかった遺跡です。でもお薦めです! 神殿のレリーフの保存状態が非常によいのが魅力です。

 まずは博物館に行きました。51ペソで博物館入場および遺跡見学ができます。
博物館は1996年にオープン。特に陶器、彫刻作品が見ものだそうです。8-10世紀のソチカルコの歴史を、日常生活に重点を置いて紹介しています。太陽光発電および雨水利用を行うエコな博物館としても知られるとか。

090810x2-s.jpg
・踊る人形、ならぬ踊るひとびとをモチーフにした器。まんなかの赤い丸が象徴している太陽崇拝と見られているそうです。

090810x1-s.jpg 
・赤い君、あるいはソチカルコの神の像。大地から養分を摂取する神。
頭部の位置に羽毛でできた円光。大地の上の動きを象徴するシンボルに座っている。赤い染料で染められている。
ソチカルコの宗教ではトラロック神が信仰されていた。赤い神は支配階級の守護神。この像はアクロポリスの地階の小部屋で発見された(像のキャプションより)。

090810x3-s.jpg
メソアメリカではネコ科の動物も信仰の対象で、月・夜などと関連があるとされた。これはジャガー像(でもなんか重松清『疾走』の表紙みたいだなーと思いました。が、確認したらそうでもなかった、というか向きが違っていた)。

090810x4-s.jpg
 横顔を撮りましたが、手は両方にあてられています。思索的で美しい横顔。

 遺跡は散歩すればいいかな~と思っていたら、熱心に売り込んでくるガイドさんが。名前・学歴・得意分野などを書いた名刺を差し出してきました。ほんとうに理解するには2時間(!)と言われたけど、とりあえず30分コースで・・・。
 遺跡まではわたしたちの貸し切りタクシーで移動しました。道中、ガイドさんは
「ソチカルコはメキシコで四番目に重要な遺跡」
と力説。えー、ほかにはチチェン・イツァ、テオティワカンは当たり前として、
「エル・タヒン?」と友人が言うと
「それは八番目」
 なんか笑ってしまいました。
 で、三番目を覚えていないのですが、パレンケだっけ・・・?

090810x8-s.jpg
 ここからの記述はメキシコ国立人類学・歴史院によるページを主な参考にしました。

・Xochicalcoとは、ナワトル語で"en el lugar de la casa de las flores"、「花の館の地で」という意味。モレロスMorelos州に位置。クエルナバカCuernavacaから38キロ。

・メキシコ古代文明の古典期に栄えた(650-900)。カカストラCacaxtlaとほぼ重なり、ヤシチュランやパレンケの後期、またはチチェン・イツァ、ウシュマルの前期と重なる。上掲サイトでは、「同時期に栄えたモンテ・アルバンやエル・タヒンと違い、ソチカルコはわずか200年(700-900年代)の繁栄以前にはほとんど重要性はなかった」としている。突然花開いたということか。また、「メキシコ高地において、古典期の最重要都市」という記述もある。

・成立の背景-威容を誇ったテオティワカンの衰退にともない、メキシコ高地は政治的混乱期に。ソチカルコのひとびとの民族的背景は不明。防衛が用意・交易の要衝となる高地に居を定めたかれらが、高い知識と能力を有していたことは確実。

・都市は周辺から130m上に建設された。天然の見はり台にいるようなもので、敵がくればずいぶん早くわかる。

・傾斜を利用し加工して、一番上の層を平坦にすることによって神殿などを置いた。高い位置には神官や貴族、下層には身分の低い者が置かれる階層社会だった。

・ソチカルコの存在はスペインによる征服時代から知られてはいたが、スポットライトがあたるのは19世紀。カルロタ皇妃が訪問したり、ジュール・ヴェルヌの初期小説で言及されていたり。ハンガリーからのアメリカ大陸調査団もやってきた。

・本格的発掘は1909年に開始。ただし本格的発掘は1934-1960年。1999年、ユネスコの世界文化遺産に指定された。

遺跡の写真とコメント。
・球技場
090810x6-s.jpg
はるか下に見下ろして。「ゴール」である輪の一方が見えます。

・ふたつの彫刻広場
090810x7-s.jpg
この碑によりかかるようにガイドさんが座り、手をぱあんと叩くと、すばらしく反響しました。
ここまでは一般人も来れたそうです。

090810x5-s.jpg
上の層の神殿。

090810x9-s.jpg
 メキシコのピラミッドは段差がきびしく&奥行きが少ないので、ジクザグに登っていくとよい。写っているのはタクシーの運転手さん。

・羽毛ある蛇(ケツァルコアトル)の神殿
090810x14-s.jpg
 最大の見物はここのレリーフです。一部修復はされていますが、建設されたそのままの位置にあることが大きな誇り。

 ケツァルコアトルの一部。
090810x12-s.jpg

 この神殿の側面に刻まれている人物は当時の天文学者=神官たちで、暦について話し合った会議のありさまだというお話でした。
090810x11-s.jpg
 顔の右横に咲いているようなのがいわゆる「フキダシ」。

090810x13-s.jpg
 上に紹介した人物と、身なりもフキダシの形もちがうことがわかりますよね。
 別の部族代表で、コトバもちがうよ。ということなのだそうです。
 この写真の右下部分に注目してください。

090810x10-s.jpg
 四分割された円が、<に呑まれるような形。
 これは日食をあらわしているとのこと。ほかの人物のところにも共通して彫り込まれていました。

・観測ポイント
時間切れ? で行けませんでした。写真を見ると、春分の日・秋分の日にだけ太陽光が差し込むように設計された縦穴があるようです。
・アクロポリス
こちらも行きませんでした。

ガイドさんにお願いしてよかったなーと思う半面、こんなに高いところまでのぼってきてしまってどうしよう、あのピラミッド下りるのこわい・・・と思いましたが、下りるときにはもっとゆるやかな裏道を使ってほっとしました。時間があったら「二時間コース」にしておけばよかったかも。万一再訪する機会があれば・・・。

スポンサーサイト
Comment(2) | Trackback(0) |  * 記事編集 *  go page top
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

go page top

この記事に対するコメント
ソチカルコ
実はワシはソチカルコには行ったことがないのデス(笑)
ということで、これまでのメキシコ紀行とは違う切り口で読ませていただきました。

来年も楽しい記事をお待ちしております。
【2009/12/30 20:17】URL | とも2 #- *編集*

とも2さん
 断食道場からありがとうございます!
 ソチカルコ、ではメキシコ再訪の折にはぜひ・・・。
 こちらこそほんとうにお世話になりました。来年もよろしく!
 ちなみにわたしは寅年ではありません。
【2009/12/31 12:10】URL | かんべえ #qnZAR.iQ *編集*
トラックバック
トラックバックURL
→http://kambee81.blog112.fc2.com/tb.php/357-9b0b77e5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top

ブログ内検索

最近の記事

カレンダー

カテゴリー

リンク

最近のコメント

プロフィール

最近のトラックバック

RSSフィード