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* tag: メキシコ 

* category: メキシコ2009夏

コヨルシャウキ、月の神-テンプロ・マヨール(2) 

2010.03.21
Sun
17:34

 回想のメキシコ旅行続きです。全貌は「メキシコ2009年夏」カテゴリでどうぞ。

 さて、陽光まぶしい遺跡をめぐって最後に到達する建物が、テンプロ・マヨール博物館になっています。こちらの受付でも一応、トラルテクトリ像について確認。やっぱり公開はされていない・・・。まあでも、気を取り直して見学です。

090811tm8-s.jpg
 テンプロ・マヨール神殿の模型。ふたつの塔は、青が雨の神トラロック、赤が戦いの神ウィツロポチトリに捧げられていました。第一層は1390建造、その後六回建て替えられたそうです(スライスでわかるように、古い神殿に新しいものをかぶせていく形式です)。

 印象に残った展示物をいくつか。
090811tm1-s.jpg
 この博物館の三階中央に君臨する月の女神コヨルシャウキの石盤。直径3メートル超、あまりに大きくて同じ階にあると全貌が見えないため、四階から三階を見下ろせる構造になっています。1978年、電気会社の地下工事中に発見されたこの像をきっかけに、テンプロ・マヨール神殿の発掘が始まりました。

 以下は、(たぶん中断した)テンプロ・マヨール神殿紹介サイト日本語版(該当ページはこちら)から、コヨルシャウキの項の引用です。

(引用ここから)
コヨルシャウキ
 コアトリクエは大地であり、月であるコヨルシャウキと星であり「南の四百」と呼ばれるセンツォン・ウィツナワの母である。ある日、コアトリクエがコアテペックの丘の高いところに位置する神殿を掃いていると、天空から羽毛でできた一つの球が落ちてきて、彼女がそれを胸にしまうと、奇跡的にも妊娠してしまった。 月は母親の妊娠を不名誉と考え、兄弟である星たちに母親を殺そうと唆した。太陽であるウィツィロポチトリは、大地の腹の中から危険に気付き、自分と母親の命を守ろうと決めた。月と星たちが母親を殺そうとしたその瞬間、太陽であるウィツィロポチトリが戦いの衣装をまといシウコアトルという「火の蛇」で武装して生まれ出た。彼は女神、コヨルシャウキをコアテペックの丘から投げ捨てるために、この「火の蛇」によって彼女の首を切った。丘から落ちる途中、彼女は回転ごとに手足をもぎ取られた。ウィツィロポチトリに関してこの展示室で注目すべきものとしては他に、プルケ酒の女神であるマヤウェル像、この発掘で発見された「大地の神」、トラテクトルのさまざまなレリーフ、そしてなんと言ってもこのあと述べるコヨルシャウキの大きな石碑がある。

 こうして月は毎月太陽によってばらばらに負かされる。コヨルシャウキと彼女の手足の切断は、月が月相ごとに死んで生まれるという天体現象を説明するものである。このようにコヨルシャウキの石碑は主神殿のウィツィロポチトリ神殿の階段下で発見された。

 コヨルシャウキのレリーフは首を切られ手足を切断された女神を、四肢からあふれ出る血や骨の関節をあらわにし描いている。彼女は、背中に骸骨で終わっている双頭の蛇の帯で飾られている。二つの頭の蛇は腿と腕にも絡んでいる。彼女の足の関節と踵は、牙を持った横顔の仮面で飾られており、その意味はいまだにさまざまな推測の対象となっている。またサンダルをはき、腕輪とくるぶしあてを伴っている。胴体はその緩んだ胸とともに正面を向いているが、一方で彼女の腰は横向きで手足も同じ向きの状態で、普通ではない回転をしている。頭には羽毛の大きな頭飾りをかぶり、髪はいくつかの丸で飾られている。三つの幾何学模様で作られた耳飾はその顔を縁取っており、その主要な装飾である頬の鈴は月の女神の名を示すものである。その女神の半開きの口からは生命の最後の一息が漏れるかのようである。

 この彫像は直径約3、25メートル、重さは8トンあり、火山岩でできている。1978年2月21日、偶然にもグアテマラ通りとアルゼンチン通りの角で地中にケーブを取りつけていた中央電力会社の作業員たちによって発見された。この重要な発見により、結果として考古学者エドワルド・マトス・モクテスマのもと、今日まで主神殿の考古学発掘プロジェクトが行われることとなった。(日本語訳:石原麻衣子)

(引用ここまで)

 同じ階には、以前「インカ・マヤ・アステカ展」でも見た「鷲の戦士」(一対発見されたというので、いつもは展示されていないペアのものが来日したかな)
090811tm4-s.jpg

 死の神ミクテランテクトリ
090811tm5-s.jpg
 も展示されていました。腹部から垂れているのは肝臓だそうです。説明文によると、一般的な病気あるいは老衰で死んだ者の行く死の国(ミクトラン。アステカの人々は、死に方によって死後行く場所が違うと考えていました)のあるじだそうです。

 アステカの世界観では、太陽が天空を動いていくエネルギーとして犠牲を必要としていました。
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 これはチャックモール。腹部に置かれたお皿のうえに、生贄の心臓を置いたと言われています。 

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 儀礼用のナイフ。

 身分の高い死者に捧げられた副葬品もたくさん展示されていました。これはそのひとつ。
090811tm9-s.jpg

 そして骨壺。
 090811tm11-s.jpg
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