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* category: 展覧会

日本美術院再興100年 特別展『世紀の日本画』@東京都美術館 

2014.03.03
Mon
19:14

 3月1日から後期展示(すべて入れ換え)になった、日本美術院再興100年 特別展『世紀の日本画』の特別観覧会に行ってきました。

IMG_2913.jpg
 
 特別観覧会は、後期初日の閉室後の17時30分開始。受付で名簿のチェック、PRESS証および各種配布物(注意書き、招待券一枚など←嬉しい)を受け取り入場開始時間を待ちます。今回、展示室での撮影は一切不可。
 時間になりました。主催者側の簡単なあいさつの後入場開始。イヤホンガイドも無料貸し出し(今回は吉右衛門がナビゲーター)なのでお借りして展示室に。

 ごあいさつなどのあとの一枚目は大観の「無我」でした。この隣の壁には狩野芳崖「悲母観音」、続いてガラスケースに絵巻になっている菱田春草「四季山水」、「無我」と向かい合う形で橋本雅邦「龍虎図屏風」、その次の壁面には昨年横浜美術館でもお目見えした大観「屈原」。
 東京都美術館学芸員・河合晴生さんの概要説明は、この作品たちに囲まれた第一室で行われました。

 まずは、ギャラリートーク(+α)。
・東京美術学校の第二代校長だった岡倉天心を中心に、谷中に「日本美術院」を興した(1998年)。研究を行う、言わば大学院の質を持つ「院」だった。その後「院」は茨城の五浦(いづら)に移転、都落ちと言われたが、メンバーたちはそこで共同生活・研究を行った。
・1913年(大正2)、天心死去。その頃には「院」は休眠状態だった。
・翌1914年(大正3)に、横山大観が音頭を取って日本美術院「再興」。大観は理論的指導者であり、また資金提供者でもあった。

 この第一室に展示されている作品群は美術院の再興より「前」に描かれたもので、いわばプロローグとなる。
・狩野芳崖「悲母観音」(1888-明治21年)
 悲母の「悲」は慈悲から。本来は楊柳観音(ようりゅうかんのん)の姿だが、幼子の姿を組み合わせたのは狩野芳崖の工夫。言わば、日本画の古典+西洋の要素(聖母)。この作品は狩野芳崖の遺作であり、完成に向けて橋本雅邦がかなり手を貸している。
 *イヤホンガイドより-墨の輪郭線を使わないこと、絵の具を塗り重ねることなど、西洋の技法も取り入れた作品。

・横山大観「無我」(1897-明治30年)
 私利私欲のない幼子の姿。
 ある種の観念を描いた作品であり、これには天心の教えというか要求が反映されている。たとえば〔月を描け〕と言ったとしても、月そのものを描くのではない、というような。

・横山大観「屈原」(1898-明治31年)
 第一回院展に出品。屈原の姿に天心を重ねており、実際、顔が似ている。
 人物はしっかり線画で輪郭があるが、背景には一切線がなく、輪郭もなくもやもやしている。これは印象派の技法などを意識した空気の描法で、当時は〔そんなこと考えるなら油絵で描けば〕とも批判された。

*美術院のひとびとの「新しさ」
 皆、歴史・文学などに付け焼き刃ではない知識と理解があった。だが、単に古いものを継承しありがたがるのではなく、時代の文化を活かそうとした。その「新しさ」は当時はなかなか理解されにくいものだった。

・橋本雅邦「龍虎図屏風」(1895-明治28年)
 雨を呼ぶ龍と風を呼ぶ虎の対峙。波などはパターンにのっとった様式美、虎の毛などはリアルな質感を伝える新しさ。
*ギャラリートーク後、質問してみました。〔虎も龍も二匹(二体?)ずついるのは珍しくないか?〕→珍しい。〔昔の人が見ると変かな?〕→それは考えられる。〔二匹ずつの理由は?〕→わからない。
 しみじみ見たんですが、どっちも二匹目はいなくても成り立つ画面だと思います。龍は子どもみたいにちっちゃいし、虎も後ろに控えてます。


・展示について
 照明はおさえ目で、100ルクス-120ルクス。
 日本画は保存がむずかしいので、所有者がアクリルに入れている場合も多い。
 なるべく近くで見てもらえるように工夫している。
*わたし個人としては、作品がかなり大判なものが中心でもあり、〔見えにくい〕とは思いませんでした。

・技法も意識して見ていただけるとおもしろい。
・また、途中、顔料のサンプルも置いてある。
 ひとつの顔料を巧みに工夫してさまざまな色合いを出している。色を濃くしたいときには、顔料を炒ることで参加させて作る。いい例として、前田青邨「芥子」、小林古径「孔雀」などを見てほしい。これは緑青の場合。
 
・現在の「院展」は日本画のみを対象としているが、再興時には洋画(1914年から6年間)、彫刻(1914-戦後)も部門として設定された。今回も数作品が展示されている。

・・・・・・
 さて、あとはオーディオガイドを適宜聴きながら自分のペースで鑑賞です。19時半まで時間があったので、ゆっくり見ていくうちに他の鑑賞者がほぼいない時間もあったり。ゆったり見ることができてよかった。

 あとは気になったもの、好きな作品をメモ。
・奥村土牛「門」(1967-明治42年)
 姫路城の「ろの門」の破れに面白みを感じて描いたものとのこと。
 わたしは窓や戸口(と外界)の絵や写真が好きなのですが、そういう意味でストライク。空間の切り方、瓦のうえに乗ったあわいみどりなど。

・木村武山「小春」(1914-大正3年)→所蔵者の茨城大学によるページ
 六曲一双の屏風絵。左隻はかなり空間的余裕があり、篠竹と粟。右隻にはこぼれんばかりに実をつけた柿の木、葉鶏頭、ヒマワリがからみあうようにひとつの大きな固まりになってて、遠くから見るとわりと色彩的にはおとなしいようでいて、近づくとむっとするほど濃密でした。不思議な存在感のある絵。左右両方にちまっとした小鳥がきれい。

・前田青邨「知盛幻生」(1971-昭和46年)
 能「船弁慶(ふなべんけい)」より、義経一行の前に、壇ノ浦で敗れた知盛が怨霊となって現れるシーン。
 激しい波(白波)と雨にずっしりとした存在感があり、それを描く青系の顔料も得体が知れない表情。でも人物たちの顔は白く抜いたようにのっぺりしていて、それぞれに表情はあるもののふしぎな対照をなしていた。

・伊藤髟耳「空点」(1982-昭和57年)
 動く仏像のゆらめきが夢幻的。

・小茂田青樹「虫魚画巻」(1930-昭和6年)
 カエル、蜘蛛、蛾、金魚、ウナギ。
 金泥銀泥っていうのかな、すうっと塗り込められた背景に、描く対照がぽんと置かれてる。装飾的。デザイン性も感じる。

・今村紫紅「熱国之巻」(1914-大正3年)
 後期はこの絵巻の「熱国の夕」を展示。
 オレンジのの印象が強い。南国の日差しだよね。人がいるところ-集落というか、村。にはかなりの人がぎゅうぎゅういる。山羊かわいい。

・岩橋英遠「道産子追憶之巻」(1978-82、昭和53-57年)
 帯のように細い29mの絵巻が、展示室の壁3面にわたって展示されてる。はじまりは冬。冬眠するクマの母子、フクロウなどのいる冬の森。やがて短い夏には虹がかかり、まばゆいぐらいの緑が広がる。秋にみっしり画面を埋めるのはおびただしい数のとんぼ。そしてまた白い冬へ。オーディオガイドで、〔冬が長い地なので、この絵巻も冬の部分が多い〕とありました。  

・・・・・・
 100年(+α)のさまざまな作品を見ることができて充実した時間でした。猫もいた(「シャム猫と青衣の女」)ね!
 すばらしい機会を提供してくださった主催者・関係者のみなさま、ありがとうございました。

・・・・・・
展覧会基本情報
会期:【後期】2014年3月1日(土) ~ 4月1日(火)
会場:東京都美術館企画棟 企画展示室
休室日:月曜日※ただし3月31日(月)は開室
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室:毎週金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで) 

特設ウェブサイト(『日本美術の祭典』)はこちらです。

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