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* category: 展覧会

パスキン展@パナソニック汐留ミュージアム web内覧会に行ってきました。 

2015.01.31
Sat
21:55

 フランスの画家ルオーのコレクションでも知られるパナソニック汐留ミュージアム。
 1月17日(土)~3月29日(日)開催のパスキン展、web内覧会に行ってきました。
 このすばらしい機会を与えてくださったパナソニック汐留ミュージアムのみなさま、アートトーク出演のtakさん、その他関係者のみなさま、ありがとうございました。

*特別の許可を得て写真を撮影しております。

 パスキン、たぶん名前は聞いたことがあるんだけど(フジタと仲がよかったという形でかな)この展覧会に行くまで「これがパスキンだ」というイメージはありませんでした。そんなわけで発見の連続だったり、とくに初期は同時代の潮流が透けて見えたり、愛情を持って作り込んだ展示に感心したり、この内覧会の特典であるアートトークに耳を傾けたりで大いに楽しみました。最初に書いちゃう。おすすめです。

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 ジュール・パスキンJules Pascin(1885-1930)の本名はJulius Mordecai Pincas、つまりパスキンは筆名です。PINCASのアナグラムでPASCINと名付けました。裕福なスペイン系ユダヤ人(セファルディー)商人の子として、ブルガリアで生まれました。
IMG_5436.jpg
*展示室を抜けたところの壁面に、年譜と並んで展示されている写真。

「エコール・ド・パリの貴公子」ということで、展示室は[パスキンの館](というか、娼館)をイメージしたというしつらえ。
IMG_5457.jpg
 入口では大きなパスキン像が迎えてくれます。
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 シャンデリアも1920年代パリで使われていたもののリプロダクションとのこと。
 また、こちらパナソニックの施設ですので会場の照明は肌の色を美しく見せるLED・美光色(びこうしょく)だそうです。

IMG_5435.jpg
 カタログに添えられたシフォンのリボンもおしゃれ。

 パリに本拠を置くコミテ・パスキンの全面的協力を得て実現した展覧会は、四部構成。

・第1部:ミュンヘンからパリへ<1903-1905>
・第2部:パリ、モンパルナスとモンマルトル<1905-1914>
・第3部:アメリカ<1914/15-1920>
・第4部:狂騒の時代<1920-1930>
 絶頂期を存分に味わっていただけるように第4部を分厚くした、と担当の宮内学芸員がアートトークでコメントしてらっしゃいました。

[アートトークをベースに]
 ルーマニアの裕福な商家に生まれたパスキンは、当時ヨーロッパのユダヤ系子息が教育を受ける場所だったウィーンで中等教育を受ける。
 帰国後家業を手伝うが、父と衝突。
 若いころから女性問題も絶えなかった。大家族育ちでおばたちにかわいがられたパスキンは、おばたちに連れられて大浴場などにも。長じても女性に囲まれることに心地よさを感じていたのでしょう。
 20歳前から娼館に出入り。女主人とふかい仲になって父に咎められた。また、画家への夢絶ちがたく、再度ウィーンへ。

 その後ミュンヘンに移る(1903-1905)。当時、ミュンヘンはドイツ語圏の美術の都。
 *青騎士(ブラウエ・ライター)は1911年結成。グループ名となった作品をカンディンスキーが描いたのがまさに1903年でした。


IMG_5416.jpg
《女学生》1908年 北海道立近代美術館
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《モデル》
 表現主義っぽくてどちらも好き。ただし、「これがパスキンだ」というものじゃないですよね。

 パスキンは「下積み」や「貧乏」を知らない画家で、ミュンヘンでは『ジンプリチスムス』(単細胞)という人気の風刺雑誌と19歳で専属契約を結ぶ(ちなみに、クレーもここの仕事欲しかったけど認められなかったそうです)。パスキンは窮乏する画学生たちにどんどんおごったり。気前よく。

 1905年、20歳でパリへ。やっぱり絵画を(風刺画などじゃなくて)描くならパリ!
 パスキンのパリ到着はクリスマスの日。すでに人脈がありそれを頼りにカフェ・ドームにやってきて歓迎されたそうな。
*1905年はまさにフォーヴィスムがサロン・ドートンヌで「生まれた」年。パナソニック汐留ミュージアムが収集しているルオーもフォーヴィスムの徒に数えられますね。

 1914年、第一次世界大戦勃発。パスキンは郷里で兵役にとられそうだったし、ユダヤ人だし、パリも戦場になるかもしれない展などの理由で、ロンドン経由でニューヨークへ。最終的には合衆国の国籍を取得。
 寒いのが嫌いで、冬はニューヨークを離れてキューバなどへも。

・第3部 アメリカ より
IMG_5419.jpg
《キューバでの集い》 1915/17年 個人蔵
 あちらには画壇もないしのびのび描けた、とのこと。

・第4部:狂騒の時代<1920-1930>より
 第一次世界大戦の終結(1919)を経てふたたびパリに。
*エコール・ド・パリ(ちゃんとは理解してなかったので、ここで『大辞林』での定義を。「第一次大戦後,パリを中心に活躍した外国人画家たちのグループ。キスリング・シャガール・スーチン・パスキン・藤田嗣治・モジリアニなどで,当時のイズムや運動に加わらず,それぞれが独自の画風を展開した」
 パスキン以外の画家はたとえおぼろげながらでも作風わかってました。大いなる不在だったのだね。でもこの展覧会のおかげでもう大丈夫。

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《太った女》 1923/24年 個人蔵
 これも好きな作品。輪郭線はペン画のように細く、実際の色彩はその輪郭をたいして重視していない。あふれてる。太った女だからかな。画面右下の青が効いてました。太っててあふれてるという意味で、フランシス・ベーコンの絵を連想しました。時代もだいぶ隔たってるけど。

 時代の潮流に乗った作風はとりあえず試しながら、独自の道をさぐっていきました。
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《ダンス》 1925年 アクティス・ギャラリー、ロンドン
*これはまさに「ダンス」じゃん? 
 パスキンはマティスから強い影響を受け、アカデミー・マティスの創設も手伝ったそうです。

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 ショップの装飾にも使われてます。

 1924~25年、パスキン独自のスタイル確立へ。写真一枚目に使われているキービジュアル《少女-幼い踊り子》も1924年の作です。

 そして1927年ごろ、パスキン画面の特徴である真珠母色の時代を迎えます。これは会場でのキャプションから。
「1927年頃になると、パスキンは非常に薄い画布の上に絵具をつけた筆ですばやく、ごく軽いタッチでそっと触れるように描きはじめる。虹色に輝く色彩は空気のように軽くおぼろげであり、批評家たちはパスキンが用いた真珠のような白色をとってこの時代を『真珠母色の時代』と呼ぶようになった」
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《テーブルのリュシーの肖像》 1928年 個人蔵

 展示室のひとつは素描・版画などを中心に作られています。
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 自在です。非常にデザイン性が高く、見ててすごくおもしろい。
 版画には「放蕩息子の帰宅」、「サロメ」、ラザロの復活など、キリスト教的テーマにパスキン的ツイストが効いてるものが多く、ねじれぐあいをときには楽しく、ときにはちょっとうらさびしく眺めてきました。

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《子どもたちの恐怖》 1929年 個人蔵、パリ
 死の前年の作品。行って、見てみないと。と思う作品のひとつ。というのも、まあ要するにわたしがへっぽこなのですが、この写真だと木炭で描いたとおぼしき幻影のようなものは一応写ってるけど、そういう魑魅魍魎に囲まれておびえている子どもたち(ペン画)はうまくとらえられないので。

 パスキンは1930年、45歳で自殺します。
 さまざまな要因が言及されました。
 不倫関係のリュシーとの恋がみのらない。
 パーティ(金銭的には恵まれていたので毎日開催)で酒に溺れ、肝臓をいためていた。
 娼館通いも続けていた。梅毒だったかもしれない。
 鬱傾向があり、強い自殺念慮があった。
 1929年に大きな画廊と専属契約を結んだことによる息苦しさもあったかも。

 売れっ子だったことは確かだけれど、自分がのぞむ評価を得られてなかったかもしれない。
 「ほんもの」のアーティストに数えられてなかったのかも…? と、これは担当学芸員さんのコメント。たとえば、ディアギレフのバレエ・リュスにパスキンは呼ばれてなかったということです(ルオーもキリコもピカソもマティスも仕事してる)。

 
〔開催概要〕
開催期間:2015年1月17日(土)~3月29日(日)
開館時間:午前10時より午後6時まで(入館は午後5時30分まで)
休館日:毎週水曜日(但し2月11日は開館)
入館料:一般:1,000円、65歳以上:900円、大学生:700円、中・高校生:500円、小学生以下:無料
    ※20名以上の団体は100円割引
     障がい者手帳を提示の方、および付添者1名まで無料で入館できます。
主催:パナソニック 汐留ミュージアム、東京新聞
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、駐日ブルガリア共和国大使館、港区教育委員会
協力:ヤマトロジスティクス 
企画協力:ホワイトインターナショナル 

*公式ウェブサイト http://panasonic.co.jp/es/museum/ (パナソニック汐留ミュージアム)

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