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* category: 展覧会

ジュリア・マーガレット・キャメロン展 ブロガー特別内覧会@三菱一号館美術館  

2016.08.02
Tue
00:05

 三菱一号館美術館(公式サイトはこちら)で9月19日まで開催中の 『From Life-写真に生命を吹き込んだ女性ジュリア・マーガレット・キャメロン展』。 美術館と古今東西の美術への深いあいにあふれるブログ「弐代目 青い日記帳」のtakさんがタッグを組んで開催されたブロガー特別内覧会に参加してきました。関係者のみなさま、すばらしい機会を与えてくださりありがとうございました。

 
 *このブログ記事に掲載した写真は、展覧会紹介記事に掲載するため特別の許可をえて撮影したものです。  

 ジュリア・マーガレット・キャメロン(1815 ~1879)。初めてきく名前でした。でも見に行こうとは思っていました。写真を見るのはわりと好きですし、19世紀後半~末も関心のある時代です。それに三菱一号館美術館には信頼があるしね。

 見応えのある、とても現代的な展覧会でした。いや、「現代」、写真の「現在」にまっすぐにつながる世界観を作ったひとりなのだそうです。キャメロンは。
 
 それはこの、展覧会チラシや入り口などのキービジュアルとなっている作品からもうかがえます。
IMG_9433.jpg 
・<<ベアトリーチェ>>1866年
 ベアトリーチェというとすぐダンテ『神曲』に結びついてしまうのですが、イメージはベアトリーチェ・チェンチだそうです。 キャプションから引きます。
「ポーズと衣紋、悲しげな表情は、くイド・レーニ作とされる絵画にもとづく。主題となるのは、性的虐待を行った父の殺害を企てて処刑された、16世紀のイタリア貴族ベアトリーチェ・チェンチである。『原画の憂いに満ちた甘美な表情』をやわらかく表現したと称賛される一方、『実在の人物をモデルに』歴史的な人物を撮影した点が嘲笑の対象となった」
 レーニ作のベアトリーチェやその物語については、こちらのブログ記事を読んでいただくといいでしょう。 

 展覧会公式サイトなどで大きい画像を見てください。プリントの色こそ「古さ」を感じさせますが、現代のひとでもあえてこういう色をだしたりモノクロで撮るひとがいくらでもいます。この写真を鑑賞するときに「むかしのものを見てる、という意識」「近づこうとする努力」はあまり必要ないのでは? 現代の「写真」では珍しくない、ソフトフォーカス、大写しの人物、物語性。

 公式サイトの「展覧会概要」には、
 1863年末に初めてカメラを手にしたジュリア・マーガレット・キャメロン(1815-1879)は、記録媒体にすぎなかった写真を、芸術にまで引き上げようと試みた、写真史上重要な人物です。
とあります。公式がおす〔みどころ〕は、

・1 写真を芸術へと高めた先駆者キャメロン。
・2 美しくも型破りな芸術表現。
・3 キャメロン生誕200周年記念の国際巡回展であり、日本初の回顧展。極めて貴重なヴィンテージ・プリントが一堂に。

 ブロガー内覧会の特別企画として、三菱一号館美術館の高橋館長あいさつ(開館前からキャメロン展をやりたいと考えていたことなど)、そして9月3日に大規模改装をへてリニューアルオープンする東京都写真美術館の三井学芸員のお話もうかがうことができました。

 三井さんのお話から。
・写真が初めて発表されたのは1839年8月12日。キャメロンが48歳にして初めてカメラを手にした1863年約25年前のこと。もちろん、カメラを持っているひと自体がとても珍しかった。そのうえ女性。
・キャメロンの父は東インド会社の上級社員、母はフランス貴族で、夫は(紅茶の)プランテーションの経営者(で20歳年上←かっこ内の情報はその後自分で調べた補足などです)。(キャメロンはセイロン生まれで、結婚後33歳までセイロンで過ごし、英国に移ると家族とともにワイト島に居を構えました。ワイト島というとヴィクトリア女王お気に入りの避暑地だし、もとなおこさんの『コルセットに翼』の主人公クリスティンが子ども時代を過ごした場所だーって、行ったこともないのになぜかなつかしく)イギリスでは妹がサロンを主催しキャメロンもそこに出入り。時代の芸術の先端に触れる環境にあった。
・キャメロンの時代の〔撮影〕方法-写真に引き延ばしや縮小という技術はなかった。すべて1:1。カメラにシャッターはなく、外で撮影してISO 0.1~1。「動かない」ことへの要請は大きく、被写体に無理を強いることに。
・キャメロンは「小柄でがっしり」していたと言われる。当時の平均身長がいまの日本人ぐらい。子どもは6人(+養子もいた)。

 さて、作品を見ていきましょう。キャメロンが追求した三つの主題群に、
・肖像
・聖母像
・絵画的効果を目指す幻想主題
があるそうです(展覧会公式より)。

IMG_9395.jpg 
 左から、
・<<レディ・アデレイド・タルボット>>1865年
・<<レディ・アデレイド・タルボット>>1865年
・<<沈思の人>>1865年 この作品のなかでレディ・アデレイド・タルボットはミルトンの詩作品『沈思の人』にあらわれる悲哀のひとの擬人化に扮しているとのこと。 

 この右にあった<<94歳の女性の肖像、72回目の結婚記念日>>1865年、もすごく好きなのですが、一点どりNGなのでうまく紹介できないな…。

 キャメロンは家族や使用人、友人などをモデルにたくさんの写真を撮るのですが、初期から「〇〇風」のしつらえをした作品が見られますね。

IMG_9419.jpg
・<<エルコ卿夫人-ダンテ風のヴィジョン>>1865年


IMG_9426.jpg
 家族を写した作品群です。
・<<ハーディング・ヘイ・キャメロン>>1864年(左)
・<<チャーターハウスのヘンリー・ハーシェル・ヘイ・キャメロン(チャーターハウス校生徒)>>1864年(右上)
・<<孫アーチー、息子ユージンの子、1863年5月23日バルバドス生まれ、2歳3カ月>>1865年(右下)

IMG_9405.jpg
・<<巫女-ミケランジェロ風に>>1864年
 システィナ礼拝堂の『天地創造』を飾る「エリュトライの巫女」のフレスコ画から(わたしは「デルフォイの巫女」と「リビアの巫女」が好き)。キャメロンの親しい友人でありワイト島での隣人でもあったアルフレッド・テニスンの自宅に複製原画が飾ってあったそうです。
 キャメロンは芸術的な写真をつくりだすためにルネサンス期の絵画を発想の源とした-というのは上のキャプションにある一文。
 これに対し、「厳しい批評家たちは、真実を写すものとして考えられていた写真を、想像上の主題を描写するために用いたとして、キャメロンを攻撃」したとのことです。
 ですが、写真を撮り始めて二年もたたないうちにサウス・ケンジントン博物館(ヴィクトリア&アルバートの前身)が114点のキャメロン作品を買い上げ、一定の評価を受けます。

 
IMG_9418.jpg
・<<ミューズの囁き>>1865年
・<<サッフォー>>1865年

 第二の主題群「聖母」からは、連作<<精霊の実>>1864年を。
IMG_9428.jpg




IMG_9431.jpg
・<<ヤコブとラケル>>1864年
 構図と、ふたりのあいだに流れる空気が好きな一枚。
 聖書から。 ですよね? 確認のため「創世記」を読み返して、ルツ(とボアズ)とまちがえて覚えてたことに気づきました。よかった。ヤコブはラケルに一目惚れし、結婚の許しを得るために七年間ラケルの父のもとで働く。ところが許されての結婚でヤコブのもとにやってきた(ヤコブは騙された)のはラケルの姉レア…。



IMG_9441.jpg
・<<サッフォー>>1866年
・<<アドリアーナ>>1865年


IMG_9444.jpg
・<<ハーバート・ダックワース夫人>>1872年
(下の写真参照)

IMG_9453.jpg
・(手前)<<ジュリア・ジャクスン>>1867年
・(奥)<<ハーバート・ダックワース夫人>>1872年
 同一人物を撮った二枚。キャメロンの「最愛の姪」で名付け子。

 キャメロンは女性を正面から撮ることはあまりなかったというけれど、それだけにこの手前の写真はインパクト大でした。ほどいた髪といい、デューラーの<<1500年の自画像>>を思い出したり。この手前のジュリアはぜひ会場で見ていただきたい、対峙していただきたい一枚です。
  奥の<<ハーバート・ダックワース夫人>>では結婚3年にして夫を亡くしたあとのジュリアです。ジュリアはその後再婚。その結婚で生まれた娘がヴァージニア・ウルフです。


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・<<ヒュパティア>>1868年

IMG_9447.jpg
・<<チャールズ・ダーウィン>>1868年(1875年印刷、カーボン・プリント)

 この展覧会でのおもしろい試みその1。
〔失敗は成功だった〕と題された第Ⅳ部からも作品を。

 キャメロンは、通常であれば技術的な欠陥と見なされかねない不規則な出来ばえを進んで採り入れて、独自の表現を発展させました。
というのが、このセクション紹介の冒頭。 

IMG_9467.jpg
・<<ホサナ(神を讃えよ)>>1865年
・<<ホサナ(神を称えよ)>>1865年
・<<シャーロット・ノートン>>1864~66年

 それから、他の写真家たちとの〔対話〕を試みていることも見どころのひとつです。
 同時代のさまざまな写真(写真は「記録」のためのものという概念から遠いキャメロンの作品の特異性がよくわかる)、そしてあとの時代の作家の作品など。
 最後の展示室にはスティーグリッツがオキーフを撮った連作などもありました。また、これだけは撮影不可だったのですが、サリー・マンの1985年の作品<<肉親>>も印象に残ります。

IMG_9469.jpg
・アルフレッド・スティーグリッツ <<アメリカの芸術家ジョージア・オキーフの肖像>>1~3


From Life - 写真に生命を吹き込んだ女性
ジュリア・マーガレット・キャメロン展

開館時間:10:00~18:00(金曜、第二水曜、会期最終週の平日は20時まで)
     *入場は閉館の30分前まで
休館日 :月曜休館(ただし、祝日と9月12日 は開館)
主催  :ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館、三菱一号館美術館、テレビ朝日
後援  :ブリティッシュ・カウンシル
協賛  :DNP、資生堂
運営協力:キュレイターズ
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)  




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吉増剛造ほか@東京国立近代美術館 

2016.07.30
Sat
15:10

 7月は忙しい&気ぜわしい、だったのですが、最終週はわりと時間短めの会議で都心に→自由時間が二日(水・木)、やすみをとって一日遊ぶ。という充実&NEWな感じでした。しばしのやすみの解放感とともに、記事書いとこ。

・7月28日(水)
 美術館はしご。という点ではNEWじゃないけど。

 会議が予定より早く終わったので、東京国立近代美術館へ。そろそろ会期終了が近くなっていた『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』&収蔵品展示を見る。
「全身詩人」…「全身小説家」(=井上光晴)を思い出すよね。映画見てはいないんですけど。
 緞帳をくぐって展示室に入ると、薄暗い空間にいろいろな音というか、声がある。

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 たとえば4室(一定条件下で撮影OK)の対角線にずーっと並んでいたカセットテープ。瞽女の歌、相撲甚句、内外の詩歌朗読などと並び、「声ノート」という一群がありました。

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 むかし自分の声を録画しおさめていたというもの。4室ではその声ノートから抜粋された声が、天井さら吊られたちいさなスピーカーからほそいシャワーのように注いでいたり。
 
 一般に「詩」というと思いつかない作品もいろいろ。これはやはり撮影OKだった3室に展示されていた銅板です。
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 彫刻家・若林奮の銅板を譲り受けて制作された「銅板/Copper sheets」の展示室のどこかに、かちん、かちんとゆるやかな音を発するものがあります。銅板を叩く音でしょう。

 映像作品が上映されているスペースもあります。そのスペース固有の音を発しないスペース(多重露光で撮った写真を置いた2など)もあります。でも1~7室は紗のようなはかない仕切りであるだけのひとかたまりの空間だから、立ち位置を変えると聞こえる音に大小はあっても、ずっとなにかを「聴いて」いる状態なのです。
 展覧会にはだいたいひとりで行きます。平日にふらっと行くことが多いからだけど。でもこの展覧会は、くらい森のなかをさまよううちに耳に届くものをひとりで受け止めたいな、と思わせるものでした。

 展示作品は吉増さんのものに限りませんでした。二重露光写真のスペースには朔太郎の作品もあったし。
 あと、肉筆原稿で異様なインパクトを持ってたのは(吉増の微細な字もさることながら)、中上健次の字でした。変な言い方だけど、むかしながらのラーメン丼に描かれてたナルトの書体だと思ったよ。

・二階のギャラリー4では、『近代風景~人と景色、そのまにまに~奈良美智がえらぶMOMATコレクション』開催中でした。そこから何枚か。
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 古賀春江<<月花>>1926年

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 香月泰男<<吊り床>>1941年

 全体として動物率高いと思った。
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 中村岳陵<<少女>>1948年
 この絵の猫なんか、ちょっとキャラものっぽいまでのきゃわゆさでありました。
 奈良さんが絵につけたコメントをまとめたリーフレットを無料配布。

・MOMATコレクション
 前回来たのは3月? 4月?の安田靫彦展のとき。季節に合わせてか一部入れ代わっていました。
 やっぱり好きさ…
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 土田麦僊 《湯女》 1918年
 みどりがゆたか。とにかくみどりがゆたか。湯女はゆったりとほぼ全身を見せているんだけど、隣にいる殿方の顔はゆたかなみどりに隠されてる。
 これと萬鉄五郎<<裸体美人>>を並べてみたらどうかなと思うんだけど(赤い衣裳の女性の寝姿)、右に<<湯女>>左に<<裸体美人>>を同時に見れるポイントもあるからそのほうがいいのかな。

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 デュビュッフェ<<草の繁る壁際>>1956年
 いろんな素材感が好き。とくにこのあたりの化石感。
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 今までにも見たのかもしれないけど新しく感じたものが、
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 松本竣介<<建物>>1948年
 ちょっと舞台装置の書き割りのような、プロジェクションマッピングのような。

 あと、草間彌生の初個展出品作のひとつだという
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 草間彌生<<残骸のアキュミュレイション-離人カーテンの囚人>>1950年
 違いはあっても〔詰まってる〕よね。自分が。その後が。

 それから。
 写真は撮りませんでしたが、わたしはどうも川端龍子が好きみたい。他の美術館でも目をひかれたことが何度か。
 調べてみたら、記念館が大田区にあるんだ。比較的近いじゃありませんか。

 閉館時間までいても最後はぎりぎりな感じになりました。
 そこから東京駅に移動し、まずはとらやカフェ(けっこう気に入ってる)でベジプレート、早めの夕御飯。
 そして、三菱一号館美術館でのジュリア・マーガレット・キャメロン展内覧会に参加しました。こちらは別の記事にて。

 
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メアリー・カサット展 夜間特別鑑賞会@横浜美術館 

2016.07.06
Wed
18:32

 横浜美術館で9月11日まで開催のメアリー・カサット展(公式サイトはこちら)。夜間特別鑑賞会に参加しました。プーシキン美術館展のときもそうだったけど、プレスリリースなどもいただけるのって嬉しいね。オリジナル封筒もすてき。 

IMG_9302.jpg 
 印象派の女性画家というとベルト・モリゾ(1841-1895)ぐらいしか思い浮かびませんでした。しかもモリゾの作品というより、彼女をモデルにしたマネの作品。ほか、この記事を書くために調べて見ると、エヴァ・ゴンザレス(1849-1883)、マリー・ブラックモン(1840-1916)そしてカサットの名があがります。 

 
*会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。



 当日は簡単な注意と案内のあと、主任学芸員の沼田さんによるギャラリートーク→自由観覧、という流れでした。

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二階展示室に続くエスカレータを上り、
 左へと目を向けると…


 

Ⅰ 〔画家としての出発〕


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・メアリー・カサット<<バルコニーにて>> 1873年、フィラデルフィア美術館
 

 迎えてくれるのはこの作品。いかにもスペイン!
 メアリー・スティーヴンソン・カサットは1844年、アメリカ合衆国のピックバーグ近郊のアラゲニー生まれ。裕福な家庭の出で、カサット7歳のときには次兄の病気治療のため一家でヨーロッパに渡り11歳で帰国。その後、16歳でフィラデルフィアの美術アカデミーに学び、1865年(21歳)には父の反対を押し切ってパリに渡りました。普仏戦争(1870)に際して一時帰国しますが1871年にふたたび渡欧し、イタリア、スペイン、オランダにも滞在。マドリッドではプラド美術館でベラスケス、ティツィアーノ、ムリーリョの作品などを研究し、その後向ったセビーリャには1872年10月から半年滞在しました。 沼田学芸員によると、扇子を持つ右側の女性は、あえて難しい角度、難しいポーズをとらせたとのこと。 
 カタログ掲載の論文「メアリー・カサット-ある女性画家の成功譚」(ナンシー・モウル・マシューズ)を読み、ひとりの画家としての力量のたしかさ以上にカサットの気概が伝わってくる気がしました。 
 
「リンダ・ノックリンが後進に大きな影響を与えたフェミニズム研究の論考『偉大なる女性アーティストが存在しなかったのはなぜか』で指摘したように、女子学生は、世界中のほとんどの美術アカデミーにおいて人体研究の授業から締め出されていたため、人体を描く自信を欠くことになった。そのような自信は、解剖学研究や実際の解剖、そしてさまざまなポーズによって生じる筋肉や皮膚の変化の研究を通してえられるものだからだ」。その代わりにカサットらが授業で使ったのは着衣のモデルで、他にも自費でモデルを雇ったり、お互いにモデルを務め、美術館や展覧会で学んだり模写し、「おそらく女性にとって、とりわけカサットにとって、このような『制作環境』であったがゆえに、彼女たちは、とくに落ち着いた表情を見せる肖像画法や、テクスチャーや女性の身体に呼応した衣服の抽象的な形状を強調したコスチュームの描写の技術を磨くことができたのである」(メアリー・カサット展カタログp.10)。

 

 
IMG_9324.jpg 
・メアリー・カサット<<刺繍するメアリー・エリソン>>1877年、フィラデルフィア美術館
 

 
Ⅱ 〔印象派との出会い〕  
 1868年に<<マンドリン奏者>>(今回の出展なし)が初入選して以来、サロンにも入選するようになってきたカサット。ですが決まり事の多いサロンに疑問を持ち窮屈に感じるようになっていたところ、1875年頃、パリの画廊に飾られたドガの作品を見て衝撃を受けます。ふたりの出会いは1877年、ドガがカサットのアトリエを訪ね印象派展に誘い、カサットはこれを受けたのでした。カサットは1879年の第4回印象派展に初参加、以後第7回をのぞいてすべての印象派展に出品することになります。
  本展覧会でカサットの作品のみならず、同時代の画家や〔仲間〕たちの作品も展示されているのですが、ドガから一点。 
IMG_9330.jpg 
・エドガー・ドガ<<ルーヴル美術館考古展示室にて、メアリー・カサット>>1879-80年、横浜美術館
 *横浜美術館収蔵。カタログには「小島烏水旧蔵」とある! 
 ドガの死までふたりの交流は続き、ドガは繰り返しカサットをモデルにした作品を制作しましたが、
「美しい女性の肖像ではなく、美術館で絵画鑑賞をする女性や帽子屋でおしゃれを楽しむ女性など、都市の中でさっそうと生きる近代的な女性の姿」(カタログp.50)だったそうです。
  ステッキを手に颯爽とした後ろ姿を見せている衣の女性がカサット、左側に着席しているのはカサットの姉リディア。

 

IMG_9329.jpg 
・メアリー・カサット<<桟敷席にて>>1878年、ボストン美術館 
 ぜひ間近で見ていただきたい一枚。今回の目玉のひとつでもあり、チラシにも使われています。わたしにとっても、お気に入りベスト5に入る作品です。展覧会ウェブサイトの「みどころ」の筆頭で紹介されているので、より大きな画像&解説つきでまずはどうぞ。
  沼田学芸員によると、印象派には・風景 ・ありのままの現代生活 を描いた流れがあるが、カサットは(そしてドガも)後者に関心を寄せていたとのこと。
  手前に置いた黒衣の女性は詳細に、奥に位置する他の桟敷席の観客たちは粗いタッチで。 でもよく見ると、上段の桟敷から身を乗り出すようにこの女性を見ている男性がいる。舞台(やほかの観客だって?)を見る女性…を見る男性…など含めて作品として見るわたしたち。という視線のゲームにベラスケスの「ラス・メニーナス」を思い出しました。 
 沼田学芸員はこの一枚を「挑戦的な作品」と表紙、〔わたしは男性に見られるのでなく、わたしは、見る〕というカサットの宣言のようだとコメントしました。
  カサットの生涯と作品には家族の存在も欠かせない。というわけで、家族の肖像を集めた展示室もありました。

 
IMG_9341.jpg 
(左)メアリー・カサット<<アレクサンダー・J・カサット>>1880年頃、デトロイト美術館
 (右)メアリー・カサット<<ロバート・S・カサット夫人、画家の母>>1889年頃、デ・ヤング、サンフランシスコ美術館 
 部屋の形およびカメラの画角からこの二枚しかおさめられなかったのですが、姉リディアを描いた絵も並んでいます。
 それぞれ別の収蔵先だけれど、今回家族並べてみたとのこと。楽しい。
 そしてわたくしごとですが、この母の肖像にすごいデジャブが…デ・ヤングにあるっていうなら2012年に見たかな? と思ったら、デ・ヤングの記事で4作しか写真載せてないのにちゃんと入ってた。なんともハンパな記憶力よ…。


 

IMG_9334.jpg 
・メアリー・カサット<<眠たい子どもを沐浴させる母親>>1880年、ロサンゼルス郡立美術館
 カサットは〔母子像の画家〕とも呼ばれたそうで、その代表作がこちら。最初に紹介したプレスリリースや展覧会カタログの表紙を飾る、この展覧会のキービジュアルです。
  母子像の最初期の一枚とのことですが、やわらかい筆致のなか、盥でスポンジをしぼっている母の右手にフォーカス。しっかり働く母の手、という沼田学芸員の指摘、興味深い。
 

 
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・メアリー・カサット<<浜辺で遊ぶ子どもたち>>1884年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー
 かわいい。海とか子どもの肌の表現からかな? ソローリャSorolla思い出しました。
  それぞれ遊んでるけど肩をくっつけてる子どもたちは、カサット自身と、仲のよかった姉リディアを思わせるそうです。 
 *ところで兄アレクサンダーの肖像の解題(@カタログ)に「稀少な男性像」とあったけどお父さんは描かなかったのかな? 画家になるのを反対したから? とも思ったのですが、カタログで年譜を見たら結局ご両親も1877年にはカサットのいるフランスに永住するために姉リディアとともにやってきたし、画像検索したらスケッチだけだけどお父さんの絵も見つかり、なんとなくほっとしました。 
 家族の絵&母子像の展示室のつぎは、同時代の女性画家たちとカサットの作品を並べた部屋です。
 ベルト・モリゾ、マリー・ブラックモン、マリー・ゴンザレス。そう、印象派の女性画家揃い踏み。


 
IMG_9338.jpg 
・エヴァ・ゴンザレス<<画家の妹ジャンヌ・ゴンザレスの肖像>>1869-70年頃、個人蔵  

〔展覧会概要〕
メアリー・カサット展 http://cassatt2016.jp/ 
会場:横浜美術館
会期:2016年6月25日(土)~9月11日(日) 
開館時間:10:00~18:00 *9月2日(金)は20:30まで開館(入館は閉館の30分前まで) 
休館日:木曜日(ただし8月11日は開館) 
主催:横浜美術館、NHK、NHKプロモーション、読売新聞社 
後援:横浜市 
助成:駐日アメリカ合衆国大使館 
協賛:大日本印刷
協力:横浜高速鉄道株式会社、横浜ケーブルテレビジョン、FMヨコハマ、首都高速道路株式会社 
当日観覧料:一般1600円、大学・高校生1100円、中学生600円、小学生以下無料
 
京都にも巡回します。→2016年9月27日(火)~12月4日(日) 京都国立近代美術館
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* category: 展覧会

奥村土牛を見に、ぜひ山種美術館へ(ブロガーナイトに参加しました) 

2016.03.31
Thu
04:07

 古今東西の美術への深い愛に溢れるブログ「弐代目 青い日記帳」(リンクはこちら)のtakさんが山種美術館(こちらです)と組んで企画してくださったブロガー内覧会(もう八回目だそうな!)に参加してきました。

 今回は、
『奥村土牛-画業ひとすじ100年のあゆみ-』展。途中一部展示品を入れ換え、5月22日まで開催中です。

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 *このブログ記事に掲載した写真は、展覧会紹介記事に掲載するため特別の許可を得て撮影したものです。

 上掲の美術館サイトに掲載されている本展の〔みどころ〕をご紹介します。

1. 日本屈指の土牛コレクションから名品を厳選し、一挙公開!
当館は、土牛による戦後の院展出品作のほとんどを所蔵。質・量ともに最高峰の土牛コレクションです。さらに他館所蔵の名品とあわせ、《醍醐》《鳴門》など粒揃いの作品を展示。土牛の初期から晩年の代表作ばかりを一堂にご覧いただける山種美術館ならではの特別な機会です。
2. 16年ぶりに公開の秘蔵作品や院展デビュー作など、初期の貴重な作品をご紹介!
本展では、16年ぶりの公開となる秘蔵の名品《麻布南部坂》(個人蔵)や、院展初入選作である《胡瓜畑》(東京国立近代美術館、3/19 – 4/17展示)など、土牛芸術の源泉をたどる上で重要な初期の作品にご注目!


 じつは年度末でもあるし、ブログの記事におこすのってけっこう時間かかる…ツイートでもOKなら気が楽だな…と思って、今回はツイッターでエントリーしたのですけれど、とにかく素晴らしくもうびっくりだったので、自分のために簡単にでいいからまとめておこうと思うにいたりました。

 奥村土牛といえば、山種美術館を代表する一枚でもある(と思って見てきた)<<醍醐>>。前回の『ゆかいな若冲・めでたい大観 -HAPPYな日本美術』では、かわいらしい動物の色紙が印象に残りました。あとこのブログで検索かけてみたら、『世紀の日本画』の記事で、今回も「好き!」と思った作品についてコメントしてました。
 つまり、その程度のうっすーい知識だったということです。
 
 第一展示室でわたしたちを迎えてくれるのは、もちろん<<醍醐>>です。
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・奥村土牛<<醍醐>> 1972年 山種美術館蔵

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・奥村土牛<<醍醐>>(部分) 1972年 山種美術館蔵

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・奥村土牛<<醍醐>>(部分) 1972年 山種美術館蔵

 今回も、
 ・館長によるギャラリートーク
 ・takさんトーク
 ・展覧会に合わせた上生菓子をひとつ
 ・写真撮影OK(一部をのぞく)、展覧会の紹介を目的とした記事内ならばウェブでのアップOK。
という贅沢なゆうべ。とりわけ、ギャラリートークでの構図や技法についての紹介をとても興味深くうかがいました。








 
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* category: 展覧会

宮川香山展@サントリー美術館に行こう 

2016.03.16
Wed
13:52

「眞葛(まくず)香山」こと初代宮川香山の大規模な展覧会『没後100年 宮川香山展』が4月17日までサントリー美術館で開催中です。→サントリー美術館ウェブサイト

 宮川香山については、このブログでも何回かとりあげてきました。検索してみたらけっこう関連エントリがあるので、よろしかったら右上から検索をどうぞ。
 マイ・ファースト・香山はなにかないつかな? と思ったら、2008年のこと。まず『美の巨人たち』で[渡蟹水盤]を見て興味を持ち、帝室技芸員-真葛香山』を通販で買い、『実物は神奈川県立歴史博物館で開催された、神奈川開港・開国150周年メモリアルイベント 横浜開港150周年記念『「横浜・東京-明治の輸出陶磁器』展で実作を初めて見たようです(ブログ書いといてよかった)。
 それから〔どう考えても民家〕だった宮川香山記念館に行き、ポートサイド地区に移転してからのミュージアムに行き…

 というわけで、今回の大回顧展につながります。

CZVAJi-UYAEi6ct.jpg
 今年は香山展以外にも鈴木其一があるし、と、友の会に初めて入会しました。これはお得でおすすめです!
・この写真のような友の会ニュースが送られてくる
・展覧会を見たあとで入会したら、その日のチケット代を返却してくれた。
・有効期間は、いつでも何度でも自分+ひとりが無料
・友の会の鑑賞日があり、その際には学芸員トークなども

 階が違うふたつの展示スペースと、それをつなぐ階段&階段下展示スペースそしてビデオコーナーというサントリー美術館の構成がぴたりとはまった展覧会でした。
・展示は四階スタート。第一章「京都、虫明(むしあげ)そして横浜へ」を経て第二章「高浮彫の世界」(もちろんキービジュアルの猫ごろりん水指はこちらに)
・階段をおりていくと、すぐ下のスペースは本展覧会特別の撮影OKスペース。高浮彫です。
・ビデオ上映スペース。
・右折し、三階の展示スペースへ。こちらは第三章「華麗な釉下彩・釉彩の展開」で、がらっと趣を変えた世界のなかに身を置くことができるのです。四階で「わあっ」と瞠目し、三階で「ふーっ」とため息をつきしみじみと包まれる感じでした。
 高浮彫のすごさはもちろんですが、後期の釉下彩をたっぷり見れたのが思わぬ収穫でした。釉薬の「下」に彩りをしのばせることで、けむるような、透かし彫りのような絶妙な色合いがあるのです。高浮彫は茶系の印象が強いのに対し、さまざまな色があらわれるのもいいですね。

 高浮彫の成立の背景に、貴重な金(きん)の海外流出につながらないように、あまり金を使わないものを。という考えもあったという説明を読み、なるほどなあと思いました。

 さきほど書いた、撮影OK作品の写真をちょっと。

・[高浮彫四窓遊蛙獅子鈕(つまみ)蓋付壺]
DSC_2480.jpg

DSC_2469.jpg

DSC_2481.jpg

・[高浮彫桜二群鳩大花瓶]
DSC_2477.jpg

 ひとまわり後、友の会会員対象鑑賞会(これもひとり同行OK!)に参加してみました。
・まず支配人あいさつ。二年前にこの展覧会の話がもちあがったときには香山のことを知らず、神奈川県立歴史博物館で本物を見て、見ただけで「すごい!」と思った。
*たしかに、詫び寂びの世界などだと「この黒いゆがんだのが、すごいものなの…?」的なのありますが、香山の高浮彫(たかうきぼり)などは「よくこんなのつけてちゃんと整形して焼き上がったなあ」というのがわかりますよね。

 それから、担当学芸員のやすこうちさん(昨年仁阿弥道八(にんあみどうはち)も担当)のお話になりました。
・横浜にやってきた香山。港にほど近い場所で作陶し輸出、国益につなげたいという心意気があった。
・バナーなどに使っている猫、実物では頭部は5センチぐらい。それを1メートルほどに拡大してもぼやけない細かい歯、舌、肉球の感じ、ほそーい毛並み…(耳のうらの血管もね!)、非常にリアリティと精彩がある。
・作品の〔見せどころ〕を作るのがうまい。この作品では鳥の羽を! など。
・四階のバナー六本は高浮彫の部分拡大をしてみました。
(釉下彩磁器もいくつか写真を投影しながら説明してくださったのですが、ジェネラライズしてここに簡単に記すのが難しいー)

 トーク後、もう一度展示室を歩いてみました。
 こんなにまとめて釉下彩のものを見るのが初めてなせいか、とくにこちらに惹かれます。
 最後のほうに展示されていた大作〔釉下彩白盛鶏図大花瓶〕。まっしろい鶏がふっくらと盛り上がっています。学芸員トークでも、「とても難しい技」が駆使されているとコメントがあったもの。

 ひとつだけ、これがあったらな。という作品がありました。
 このエントリ最初に載せたニュースに使われていたのとは別の、でも蟹がとまってる花瓶。香山遺作の、〔琅玕釉蟹付花瓶〕です。今回コレクションの多くを貸与してらっしゃる田邉哲人氏所有なのでこちらでも見れるかな、と思っていたのですが。美しい釉薬と、高浮彫の技を活かした蟹。画像はこちら、宮川香山 眞葛ミュージアムの「作品アルバム」最後で見ることができます。  
 
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